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露出計を忘れる [写真]

 世間はお盆休みとやらで静かになった。ふと思い出して、一年以上もぶん投げたままのブログを書いてみることにする。新著も出たことだし、のちにコボレ話でも書くつもりではあるけど。あ、多分またすぐ飽きてしまい続くことはないので、過度に期待しないでくださいませ。
 
 先日、雑誌連載用の撮影のためにコンタックス167MT+ポジフィルムの組み合わせで撮影に赴いたのだが、うっかり露出計を忘れてしまう。自分の不注意ではあるけど、普段のデジタル環境がこういう甘えを生んでしまう。もっともフィルムカメラによる撮影の場合にもデジカメは同時に携行しているから、参考程度には試し撮りすることができるし、iPhoneのアプリでも露出計があるので実のところ通常撮影においては大きな問題にはならない。
 それに167MTはAE機だし、それを使えばいいじゃないと思われるかもしれないが、しばらく放置プレイだったカメラを引っ張り出してきたので動作に不安があること、加えてフィルムカメラ時代にポジフィルムを使う場合にはAEで撮ることはまずなかったので、ポジフィルム撮影には露出計は必携なわけだ。
 もちろん自分にも40年くらいの撮影経験値があるわけだから、少なくとも屋外撮影においては経験則による露光を与えても、まず大幅にミスをするということはないが、仕事上の効率は当然悪くなるし、ブラケッティングを逐一行うにはこの時代ではフィルム代が高価すぎる。自分の勘を確かめる上においても露出計は必要なわけだ。もう仕事ではほとんどないけどフィルムカメラで日中シンクロをする、あるいはスタジオで大型ストロボで撮影するような場合には露出計(フラッシュメーター)がないとアウトである。
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 先に甘えと書いたけど、露出計はたんにシャッター速度と絞り値を知るという目的じゃなくて、角度によって異なる光の強弱をどう読むかとか、被写体の反射率などを加味しながら考えることができるので、デジタル時代にも必要であることには変わりないわけだ。
 

スーパーワイドヘリアー15mm F4.5 アスフェリカル III [写真]

 すでにご覧になられた方も多いと思うけど、コシナからまもなく登場するフォクトレンダースーパーワイドヘリアー15mmF4.5アスフェリカルIIIレビューデジカメwatchで行った。
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 詳しくは記事へ。なんだけど、広角系レンズの周辺の色カブリはマウントアダプターを使用して遊んでいる人の多くに経験があるのではないかと思う。このところのフルサイズのミラーレス機が続々と登場してきたことで、色カブリがさらに気になる人が増えたはず。III型はこれに完全対応したわけだ。
 コシナのMマウント互換VMレンズでの本格的デジタル対応によるモデルチェンジということで個人的には感慨深いし、色かぶりだけではなく周辺域での性能向上も素晴らしいし、周辺光量低下も特性上はあるものの、旧レンズと比較するとさほど大きなものではなくなっている。
 個人的には超広角レンズの周辺光量落ちはあまり気にしないほうなので、I型とかII型も描写的には捨て難く、モノクロでの撮影やら、フィルムライカなどで撮影する場合は、新レンズを入手しても今後双方を条件に応じて選んで使うことになると思うが、アサインメントで超広角レンズが必要になった場合は新レンズはたいへん心強い。後処理の手間も省けるからだ。ここではアザーカットをお見せしておく。
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ライカM[Typ240] スーパーワイドヘリアー15mmF4.5 アスフェリカルIII 絞りf8 AE AWB ISO400
 
記事にも書いたけど、初期のスーパーワイドヘリアー15mmが発売されたことで、現在のコシナのライカ系互換レンズやベッサシリーズなどの位置を決定づけたと言ってよいだろう。ある意味では15mmレンズはコシナのフラッグシップレンズともいえる存在であり、これがフルモデルチェンジしたということは、コシナ・フォクトレンダーシリーズも新しい段階に突入したのではないかと思う。

食写真 [写真]

雑誌の仕事をしていたころには料理写真を撮ることが多かったが、最近ではSNS用に撮影するくらいだ。SNSと料理写真はなぜか深い関係がある。他人の昼メシとか酒席のシーンを見て喜んでいるのはヘンということも言われるが、私自身は撮るのも見るのもスキである。料理の魅力を知りたいということもあるけど、そこには多くの情報が詰まっているように思える。“料理写真”というよりも日々の食を記録する“食写真”というのは人の生き方が見えるというのは大げさか(笑)
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 赤貝の握り(iPhoneで撮影)

それにしてもスマホのカメラでも信じられないくらいよく写る。これじゃ、コンデジは売れなくなりのはあたりまえか。仕事じゃないから、アベイラブルライトフォトになるけど、情報誌の取材程度の写真ならばまず問題はないだろうな。ただ、上の写真では撮影時にちょっと工夫をしているんだけど、これは内緒(笑)。それでも仕事しているふうには見えないだろうから、小型ミラーレス機くらいは使うべきだろうけど。

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 チリ(ルミックスGM バリオ12-32mmF3.5-5.6 ASPH/MEGA O.I.S プログラムAE AWB ISO1600)

ミラーレス機で撮っても、さほどiPhoneと変わらないじゃないという意見は却下。昔は飲食店のロケ撮影でも大型ストロボに三脚にスタンドやトレペを持ち込み、狭い店内の一角を借りたスペースでひと騒ぎして撮影していたものだけど。デジタルの凄さって料理写真の時に感じること多くないですか。

リコー一眼レフ [写真]

アサヒカメラ7月号の連載でリコーのKマウント一眼レフ話をしている。リコーの一眼レフを取り上げるのは実ははじめてではないのだけど、どこか引っかかった存在になっているのだが、書き方が悪いためか紙数が少なくて消化不良になってしまい反省していたり。
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リコーの一眼レフでいちばん長く使っているのはリコーXR-1sだったかもしれないと今さらながら思い直している。
 このあたりのクラスのカメラだと誰も気にもとめることはないし、ペンタックスのKXとかKMあたりと同等の存在だが、過去のネガを漁ってみると、なかなかよい仕事をしていたりする。肩のチカラが抜けるからであろうか。無骨なデザインのためか、メカニズムの作り込みや情緒的魅力には欠けるように見られるのだが、実際に使ってみる意外に使いやすい。
 SNSの情報で、当時のXRリケノンの一部のレンズはペンタックスから融通されているという情報を得て、ペンタックス以外のKマウント互換一眼レフカメラがますます気になりはじめている。

東京下町スナップ [写真]

 6月8日にCAMERA fan日本写真学院主催、オリンパスイメージング(株)後援の東京下町スナップ OM-Dで撮る街という催しで講師をつとめました。
 昨今はこの種の催しやワークショップというのは、大学写真学科や写真専門学校の学生さんより熱心な参加者が多くてびっくりするけど、せっかくの休日を潰して、しかもお金も払ってとなれば真剣であたりまえだよなあ。

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「変わる街」オリンパスOM-D E-M1 ズイコーデジタル11-22mmF2.8-3.5 プログラムAE ISO400 AWB

 スナップ撮影に秘技などはないわけで、スナップ写真に対するちょっとしたキモとか心構えというか、自分自身が面白いと思ったことを素直にお伝えしただけで、この種の写真は自分が好きなものや人をコレクションするようなものであるというお話をした。内容に関しては満足していただけたかどうか自信はないけど。ただし、雨が降らなかったのは強力な晴れオトコである私のおかげです(笑)
 日本写真学院のまわりの湊は、再開発の真っ只中で次のオリンピックの時には様変わりしているだろうなあと。ここは30年間くらい観察しているのだけど、なかなか面白いところです。出会う人はすぐに撮影に応じてくれるしみなさん暖かいわけ。ちなみに土門拳も近くに住んでいたんですぜ。
 参加者に撮影していただいて、あれこれ写真を講評するだけってのも一方通行になってしまったので、責任上、少し当日の作例を載せておきます。ちょこっとしか撮影してませんが。

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「愛犬と散歩中」オリンパスOM-D E-M1 ズイコーデジタル11-22mmF2.8-3.5 プログラムAE ISO400 AWB

 撮影のハウツーやエッセイのみならずカメラメカニズムについてのあれやこれやをカメラ雑誌などに書いているためか様々なカメラメーカーの製品を渡り歩くことになるので、特定のメーカーの催しに関わることは多くはないのだけど、カメラ操作のコツを習得するとやはり写真の上達は早いものである。オリンパスOM-D E-M1は実はほとんどアサインメントでしか使っていないのだが、スナップ撮影にもたいへん使いやすいということもよくわかった(笑)
 なにせ、お恥ずかしいことに私自身が、レビューの記事を書く時意外はカメラの最低限の機能を使ってのみしか写真を撮っていない(それで十分ともいえるけど)。
 あらためてメーカーの方からカメラの機能のあれこれや、使い方指南をうけるとよい写真が撮れそうな気分になるわけで、今回はオリンパスの優秀な広報担当の方からもOM-D E-M1の使い方指南を受けて疑問点が色々解決しました。と、いうわけでいちばん収穫のあったのは私自身かも。

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「廃業した喫茶店の店主」オリンパスOM-D E-M1 ズイコーデジタル11-22mmF2.8-3.5 プログラムAE ISO400 AWB

ルミックスGM [写真]

オリンパスOM-D E-M1をメイン機材にしてからというもの、マイクロフォーサーズ関連システムが大増殖中である。本日からはルミックスGMにも戦力に加わっていただくことになった。
 それにしてもGMは小さい、そこらへんのコンパクトカメラを凌駕するサイズである。マイクロフォーサーズセンサーの特性をボディサイズでも生かしきった感がある。かわいらしいけど凝縮感があり、高画素がどうたらということがウリのカメラよりもカメラ偏差値が高い。これだけ小さいのに兄貴分のルミックスGX7とまったく同じ画質というから驚きである。シャッター関連の機構やら、機能的な制約はあるけど、べつにこれでスポーツ競技の撮影をしようというつもりはないから問題なし。
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 「カメラはファインダーである」と常日頃言っているので、GMを使うのはイレギュラーぽいわけだけど、これだけ小さいと突っ込みどころがない。ただ、アクセサリーシューだけは欲しかったかなあ。外付けストロボを使用しようというのではない。シューがあれば外付けのファインダーを載せられるし、大型ストロボを繋げて仕事できちゃうからだ(笑)
 実はGM登場前までは、マイクロフォーサーズサイズのセンサーを搭載した高級コンパクトデジカメがパナかオリンパスから出るのかなあと予測していたんだけど、よい意味でこれは期待薄ですね。というか、同じマイクロフォーサーズ規格を採用しているオリンパスが、GMに刺激を受けて、さらに高性能のコンパクトなペンなんかを作ったら凄いだろうなあと期待するわけです。

ライカMのレビュー2 [写真]

 やたらと忙しいこともあってマップカメラさんのサイトKasyapaで行っているライカMレビュー更新が遅れてしまった。
 今回はちょいと古めのライカ純正レンズを使ってみるという話。レンズ個々の描写力云々という細かい話というよりも、どれでも通常のスナップ程度ならばフツーに使えるんじゃないですか、という報告である。
 もともとカメラ、レンズの使いこなしとは、仮に欠点があったとしてもユーザーがサポートしてやるというのが本当のところで、万能のカメラとレンズなどは存在しないはず。
 ただ、人間の心理として、ダメな性能のカメラやレンズでも、それを目立たないようにとか、工夫して助けてやりたいものとそうでもないと思う2種があるのではないかと。
 前者はライカが典型的なものであり、今回みたいに為替の変動によって値上げしても、ライカMのネックストラップアイレットが緩むなどというどうしようもない初期不良が出てきても、みなさん、そう怒らないのが不思議。古いライカレンズの欠点だって、「味」と言い換えてしまえば、それでOKなわけだ。
 国産カメラの初期不良は、徹底糾弾されてしまうことが多いけど、ライカって得ですよねえ。ユーザーは仕方ない思っているようだ。だって、元々は便利とはいえないカメラだからかな。かくゆう私自身も、ライカはそういうものだと思っているから、それで追求したりしないもの。
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ライカM[typ240]に装着したズマリット50ミリF1.5。周辺はヤクザな写りだけど、これで納得しちゃうのがライカレンズの凄さなのだろう。国産のレンズだったらどんなに写りに味があっても、文句言われそうだと思うけどね。ただ、味のあるレンズというのは被写体を選びますよね。レンズの描写特性に向いた被写体探しってのはけっこうタイヘンであります。

3.11 [写真]

 東日本大震災から2年目ということで、メディアは特番、特集でたいへんなことだ。最初はこれだけ横並びで一斉にやるのもどうかとも思ったけど、年に一度は国民みんながきちんと思い出すという意味で重要かもしれないということで思い直すことにした。でもさ、震災特集やるなら毎月11日にやってもいいと思うぞ。もっともテレビだけを見て、ぜんぶわかったような気持ちになってはいかんとは思いますけどね。私も被災地に行くのはどうかとも思ったのだけど、自分の目でみて、写真を撮って、さらにもう一度見直してみる。自分で現実をしっかりと知るという行為として重要なことであろう。
 地震は自然災害だからどこかで諦めなければならない部分もあるのだけど、やはり腹立たしいのは原発事故であって、ほんと、この事故さえなければ、いまだにどこか胸の奥にくすぶっているような苛立ちはなく、もう少しみんなが希望を持って過ごせていたのではないかと思うのである。
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「石巻」2012.11.11
X-Pro1 XF18ミリF2.8R f8 AE AWB ISO400

マイナーなフィルム [写真]

 富士フイルムからプロフェショナルタイプのカラーネガ、フジカラーPRO400がなくなってしまうようだ。この代わりになるのがPRO400Hというフィルムだ。一部では国内でも試験販売されていたからご存知の方もいらっしゃると思う。プロフェッショナル用カラーネガフィルムも海外での需要に支えられて製造を続けてきたようだから、もともと海外向けにのみに売られてきた400Hでプロ用ISO400級フィルムは生産を一本化してコストを下げて、可能なかぎりカラーネガフィルム全体の延命を計ろうというものであろう。
 PRO400とPRO400Hとの特性はかなり異なるが、デジタル出力するなら完全には同じプリントにはならないかもしれないけど、パラメーターの設定で似たような再現性にまで追い込めるはず。だからさほど心配はしていない。困るのはタイプCだが、これもまあ名人級のプリンターに頼めばなんとかしてくれるはずとタカをくくっている。自家プリントしている人はデータとるのがタイヘンそうだけど。もっとも一部の製品は25パーセントの値上げというからこれだけはかなり強烈で覚悟が必要である。
 そういえば松屋銀座で2/25日まで開催されていた「世界の中古カメラ市」において、千曲商会のブースの一角でかわうそ商店なるお店が出店しており、けっこうな人気を集めていた。扱うのはフィルム主体で、とくに入手しづらい127フィルムを揃えていることでも名が知られている。それにしてもけっこうマイナーなフィルムが勢揃いしていて驚いたのだ。AristaROSSMANTudorSunnyとか、あまり聞いたことのないメーカーが勢揃いしていて、AgfaRolleiブランドのフィルムまである。
とはいえ、たとえばAgfaのカラーネガのパッケージをみると小さくMade in Japanと書いてある。つまり、これは富士フイルムのOEM製品ということになる。まあ、再現製にかつてのアグフアのような独自性はないのかもしれないが、細かいことはさておき、フィルムだってたくさんのブランドがあったほうがいいので、中身が同じであってもアタマから否定するつもりもない。面白いのは意外と欧米ではISO200フィルムがベース感度的な役割をしていたりすること。富士のカラーネガフィルムは国内販売品でISO200という製品はない。一部のデジカメのベース感度みたいで、その中庸な感じがちょっとよくないですか?もっともラチチュードの広いカラーネガに細かい感度のこだわりを求めても仕方ないような気がするが。まあ、気分転換にはなる。
 品質とか細かい性能面については、マイナーなフィルムたちは富士やコダックのそれには及ばないかもしれないけど、実用面ではほとんど問題はなかろう。少なくとも写らないなんてことはないはず。価格も安いわけではないが、多種類のフィルムを個人輸入する手間を考えればしれたもの。このデジタル時代、高速モータードライブを使ってフィルムを湯水のごとく使うという人がいるとは思えない。マイナーなフィルムを使って、友達に自慢するのも楽しいかもしれない。あ、でも、大事なのは写真の中身ですからね。
 中古カメラ市で狙っていたカメラをついに手に入れたアナタ。カメラ磨きもけっこうですけどね、フィルムがなくなってしまうと、貴重なカメラの価値も半減、不燃ゴミ扱いですよ。たまにはフィルムを装填して外に出かけてみたほうがいいと思いますぜー。
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中古カメラ市での、かわうそ商店の品揃えの一部。SDカードやCFカードをみてもあまり萌えないけど、多種類のフィルムが沢山あるのって萌えませんか?

宴の後 [写真]

 CP+2013が終了する。カメラ写真の大きなお祭りということであったが、恥ずかしながらはじめて行ってみて予想以上に人が多いことに驚いた。
 ちょっとジジくさいことを書いてみると日本橋高島屋で開催されていたころの「日本カメラショー」とは趣が異なるんだなあと。当時は規模もさほど大きくはなかったし、ブースは今のように決して派手じゃなかったけど、そのためかメーカー側とお客さんの距離は近しいような感じもしたものだ。
 CP+のほうはモーターショーみたいな感じなのでしょうかね。これはこれでいいんでしょうけど。でもこの規模でやるなら、ドイツのケルンでやっているフォトキナもパシフィコ横浜でやったほうがいいんじゃないのかなあ。
 で、逃げ出すようにして、隣の横浜美術館で開催中の「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー二人の写真家」展を鑑賞してきた。これは良かったですね。もう内容濃いです。沢木耕太郎さんの推論は文藝春秋でも拝読したし、2/3日のNスペでもやっていたけど、「崩れ落ちる兵士」が演習中の写真ということは間違いはないんでしょう。
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 個人的にはそれが戦闘中に撮られたのかどうかとか、撮影者が誰か、ロバート・キャパの名前は実はアンドレ・フリードマンだった云々という話よりも、当時の報道写真のあり方というか、メディアへの発表のされ方、利用のされ方に興味がある。「崩れ落ちる兵士」は写っている内容が銃弾を浴びた男が倒れたことが真実であるかどうかはともあれ、メディアで掲載されることで別の価値が生まれ、さまざまに利用された感がある。キャパはうまく波には乗れたわけだけど。
 ベトナム戦争時代の報道写真はメディア側の権力もかなり強かったわけで、軍や政府のプロパガンダ目的のために写真もたくさん撮られたけど、同時に発表された写真によっても反戦運動が盛り上がるきっかけにもなったわけで、当時のジャーナリスムはかなり自由だったんだなあと。今は戦争報道って、ちょっと違いますよね。あ、また本題と関係ない話になってしまいました。

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